令和6年度看寿賞長編賞 井上徹也

「天月舞」に始まり令和5年度受賞作の「静かの海」まで続く飛車の再帰連取り趣向の最新作だ。まず飛車の再帰連取りとは何かという基本から。いきなり97手目に飛ぶ。

74歩に狙いをつけて73飛と打ったところだ。ここから53歩、24歩、同玉、74飛成と進んで首尾よく74歩は取れるのだが、54飛、同龍、同歩、34飛、13玉、33飛成、23飛、同龍、同玉と進むと。

普通の連取りは74歩を取ったら74歩が消えて終わりだけど、この作品では74歩が消えた代わりに54歩が発生してしまっている。これが再帰連取りだ。次は54歩を取りにいかなければならないが、54歩を消すと代わりに34歩が発生するようになっている。
「天月舞」から「静かの海」まで、過去の飛車の再帰連取り作品は、すべて歩が5段目に置かれて、飛車の打ち場所が4段目になっていた。本作は歩が4段目に置かれていて、飛車は3段目に打たれる。そこで生まれる違いが177手目。

ここで過去の再帰連取り作品にならうと応手は73歩が普通だ。以下、24歩、同玉、84飛成、74飛、同龍、同歩と進んで歩がひとつ近づく。ところが本作は飛車の打ち場所が3段目なので、73歩には、同飛成という手が効いて、84の歩取りが継続してしまうのだ。したがって73歩は無効な手である。過去の再帰連取りが1筋ずつ歩が近づいたのに比べて、本作は1筋飛ばしで2筋ごとに歩が近づくことになり、全体のサイクルは減っている。
これには創作上のメリットもある。受方が中合の歩を残す変化の処理が楽になるからだ。101手目。

作意は54飛だが、ここで13玉と逃げて53歩を残す選択肢が受方にはある。この変化が早く詰むためには、53歩の存在が受方の損にならないといけないわけだが、実際、14龍、22玉、23歩、31玉、32銀成、同玉、87馬、同成香、12龍、43玉、34金と進んだときに53歩が邪魔で詰む。

中合が4箇所で出る「静かの海」では44歩を残す変化、64歩を残す変化、74歩を残す変化、84歩を残す変化、すべてを処理しなければならなかったが、本作は中合が2箇所でしか出ないので33歩を残す変化と53歩を残す変化だけを処理すればよくなっている。これが創作上のメリット。
では本作が過去の再帰連取り作品と比べて発展しているところはどこか。66手目。これから34歩を取るところだ。

43飛、24玉、25歩、同玉、45飛成、35飛、同龍、同歩、23飛、24飛、同飛成、同玉、34飛、13玉、33飛成、23飛、同龍、同玉で84手目。

73飛、33飛、同飛成、同玉、32飛、24玉、35飛成、13玉、33龍、23飛、同龍、同玉で96手目。

34歩を取るには、一度35歩の局面を経て、2サイクルをかけないといけないのだ。詰将棋用語でいえば「微分されている」ということになる。
また、30手目。54歩を取るところでは

53飛、33飛、同飛成、同玉、32飛、24玉、25歩、13玉、33飛成、23飛、同龍、同玉で42手目。

53飛、33歩、24歩、同玉、54飛成、34飛、同龍、同歩、21飛、13玉、11飛成、12飛、同龍、同玉、42飛、22飛、同飛成、同玉、42飛、13玉、43飛成、23飛、同龍、同玉で66手目。

54歩を取るのも25歩の発生を経て2サイクルかかるようになっているのだ。これも微分。
74歩を取るときも同じ延命策が取れないのかは気になるところだが、97手目73飛に33飛の変化は

以下、同飛成、同玉、32飛、24玉に25歩ではなく34龍と攻方が手を変え、13玉、14龍、22玉、34桂、33玉、32銀成、同玉のときに54歩が無いので87馬という手があり早く詰んでしまう。右上の何もない空間で飛打飛合を繰り返せているのは、左下に潜む馬の力に拠るところが大きく、変化に応じて56、77、87の駒を取って詰ます馬はまさに縁の下の力持ちである。
歩を取りきってからの255手目32飛

ここで今まで通りなら24玉だが、作意は44玉と変化して収束に入る。収束に入るタイミングは受方に委ねられているのだ。受方は54歩、35歩、25歩の有無を都合よく選ぶことができ、逆にいうと収束は、これらの歩があってもなくてもいずれも詰むようになっていなければ作品が成立しない。実際に手順を並べてみると分かるが、収束で龍は54と35を通過するので、そこに受方の歩があってもなくても取られるだけであり、また玉も25を通るので、やはり攻方の25歩があってもなくてもいいようにできている。
昨年度、作者は飛車の再帰連取りと、複雑な飛打飛合で看寿賞を2作同時受賞したが、今年度はそれら2つのテーマを融合させたような作品でまさに作者の真骨頂といえよう。